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石井山竜平
地域が誇るブランド米づくりに学ぶ 

社会教育班代表の石井山竜平さんはこれまで、学校以外の場所で人々が自発的に取り組む「生涯学習」が、人々の人生をいかに支え、充実したものにするかを研究してきました。とりわけ、地域ぐるみで人々が学習を重ねていく事例に注目し、東北各地で調査しています。そうした地域の一つ、宮城県の鳴子を石井山さんがしばらくぶりに訪ねました。

<記事公開日> 2022.6.14

「ゆきむすび」開発の背景にあった地域学習

美しい山に四方を囲まれた、絵に描いたような山間の地に田んぼが広がる。この田でとれる米は冷めてもおいしいことで評判の品種「ゆきむすび」。米作りには不利とされる寒冷な山間地で作られているにもかかわらず、市場の倍以上の価格で受注販売される高品質な希少米だ。

「鳴子の人は十数年前にこの品種を自分たちの手で生み出し、ブランド米へと育て上げました。外の有識者や支援者の手を借りつつ、地域の人が主体的に様々な学習を重ねた結果です。ここにはそうした『地域学習』のモデルというべき姿があるんです」

もし全国の地域学習の実践例を集めた教科書が作られるとしたら、と石井山さんは続ける。「私なら、この『鳴子の米プロジェクト』(以下「米プロ」)を、東北を代表する事例の一つとして紹介するでしょう。今日はあらためて『教科書』を読み直したいという思いで、米プロの中心的な存在のお一人である上野健夫さんにお話を伺いに来ました」

事例を研究するフィールドワークというと一般的には研究者が関係者にインタビューする手法をイメージするが、石井山さんの調査はいささかスタイルが異なる。

「主に、当事者に講演や対話をしていただく学習会を自身で企画して、研究者や関心を同じくする人にも聴いてもらい、様々な立場の人同士の対話を通して理解を深める、という形をとっています。また、学習会の準備としてお話を伺う過程でも学ばせていただくことは多いです」

自分一人で聞きとり、記録を仕上げ、発信するだけではなく、そのプロセスで学びうるものを多くの人と共有し広げていく「実践」は、社会教育研究者としての自己研鑽でもある、と石井山さんは言う。

「日本各地から鳴子の公民館に米プロの方のお話を聴きに来てもらったこともあれば、東京に米プロの方と出向いて学習会を行なったこともありました。JICAの事業で、アフガニスタンやパキスタン、ミャンマーなどからいらしたノンフォーマル教育を推進する立場の方々を鳴子にお連れし、米プロについて学んでいただいたこともあります」

鳴子はほかの地域と何が違ったのか

一方、今日はこれまでのスタイルと少し異なり、一対一で上野さんのこれまでとこれからを伺う機会となった。石井山さんは上野さんにこう尋ねた。

「鳴子の米プロジェクトは、『地元学』の提唱者である結城登美雄さんの提案によるものとしても知られていますね。ただ、外部からいかに有名な識者や一流のコンサルタントが来ても、実際には地元の人が本当に望む地域復興にはならなかったり、そもそも地域が動かなかった、というケースは枚挙に暇がありません。そうした地域と鳴子では、何が違うと思われますか?」

上野さんはほとんど迷いなく、しかし言葉を選びながらこう答えた。

「最初からブランド米ありきの話ではなかったんです。人口減少や観光客の減少が進む鳴子をどう盛り上げていくかを、役場の人や農家に限らず、観光業や飲食業など鳴子の様々な業種の人が集まって勉強会を重ねてきた。何をするかを考え、行動に移し、試行錯誤するのは、あくまで自分たちです。それに対して、結城先生を始め、外の広い世界を知っていらっしゃる方々からアドバイスをいただく、という形を心がけてきました」

石井山さんはその背景に、鳴子という地域が醸成してきた連帯の歴史を見ている。

鳴子の人々はもともと、不利な条件での米作りに苦労しながらも、ともに考え、試行錯誤しながらその厳しさを乗り越えてきた。そうした蓄積が地域に存在していたことで、「経済活性化のために特産品をつくろう」といった目先の課題ではなく、より根本的な「自分たちの暮らしをどう維持し、どう良くしていくか」という問題意識に、人々が自分たちの意志で取り組むことができたのではないか、と石井山さんは考えている。

「だからこそ、良い品種ができたら作って農協に出して終わりではなく、公民館に住民の方々が集まってどう炊けばおいしく食べられるか実験をしたり、鳴子温泉郷の宿の食事でゆきむすびを売りにしたり、という地域ぐるみの動きになり、それがメディアにも取り上げられて評判が評判を生む、という循環が生まれたのですね」
と石井山さんが深くうなずくと、上野さんは言葉を継いだ。

「低アミロースのゆきむすびは、冷めてもおいしいことが最大の特長なんです。その良さを味わってもらうために、米プロとしてアンテナショップを立ち上げ、おむすびを販売しています」

自身も農業を営む上野さんは20年以上前から、鳴子の農産物や木工品の価値を再発見し、体験を通じて伝える会を主催してきた。これも鳴子の貴重な「蓄積」の一つだろう。

「個人」ではなく、個と個の「関係」に注目

アンテナショップ『むすび屋』で供されるおむすびは、鳴子の職人の手になる美しい木桶に収まっている。上野さんから勧められておむすびに手を伸ばし、石井山さんが今日を振り返った。

「一般に『教育』は、個人の資質を高めることがその役割だと言われます。しかし個々人の力は万能ではなく、人間の生涯には加齢や障害などの制約がつきものですし、災害に見舞われることもある。そのような局面で重要なのは、人々がほかの人とのつながりの中で生きやすい環境をつくる営みではないでしょうか。社会教育学は、このような『個と個の関係の質を上げる』ことの意味を追求する学問だと私は思っています」

そして「人々の関係性の質」が見えやすいのは、人口が集積している都市部ではなく、むしろ人口減少がすすむ、鳴子のような地方だ、と石井山さんは言う。高齢化や過疎化に悩む地域、政治や行政主導の震災復興への不安を抱える地域も多いが、その分、地域の人々の意志から多様な実践が生まれている。

「そのような事例に学び、多くの人と共有し、そうした実践が育まれやすい条件とは何かを考え、提案し続けるのが、私のライフワークです」

東北の様々な地域で繰り広げられてきた学習の特質を可視化しようとする石井山さんの研究は、ほかの研究者やよその地域の人だけでなく、おそらくその地域の人にとっても、人々が共同で取り組む学習の役割を再認識したり再発見する機会になるだろう。

<プロフィール>

石井山竜平(いしいやま・りゅうへい) 東北大学教育学研究科・准教授

広島県生まれ。九州大学教育学部助手、静岡大学教育学部講師、助教授を経て2005年より現職。日本の社会教育政策を対象にした研究とともに、東日本大震災後の東北に注目し、地域に根差した集団的な学習活動の調査・報告を続けている。編著に『東日本大震災と社会教育─3・11後の世界にむきあう学習を拓く』(国土社)。日本公民館学会副会長、日本社会教育学会理事。インタビュー記事はこちら。

<取材日>
取材日 2021.11.19
取材・構成:江口絵理
撮影:桂嶋啓子