Interview 06:
高年社会参加班代表
筒井淳也(つつい・じゅんや)

生涯学には社会学分野として、「ウェルビーイング班」と「高年社会参加班」の二班があります。高年社会参加班の代表を務める筒井さんに、ご自身の研究テーマと、班としてどのような社会調査を構想されているか伺いました。

<記事公開日> 2022.7.8

筒井さんの専門は「家族社会学」とのことですが、なぜ家族に関心を持たれたのですか?

家族って、社会のなかでとても特殊な地位が与えられていますよね? 現代社会では「えこひいき」はあまりよくないこととされますが、親が自分の子に多額のお金を遣ったりすることには疑問をもたれません。なぜ家族だけが特別扱いなのだろう、と不思議に思ったのが出発点でした。

人が自分の家族を特別扱いするなんて当たり前だと思うかもしれませんが、それにはデメリットもあります。たとえば、最近「親ガチャ」という言葉がよく話題になりますが、親が裕福か否かによって子の人生が大きく左右されてしまう、といったことはその典型ですね。

身内としての責任にこだわるあまり、介護疲れによる不幸な事件が起きることも多いですね。

日本はとくに「家族の面倒は家庭内で見るべき」という規範が強い国です。そうなると、昔に比べて親族のサポートも少なく経済的にも脆弱な今の若い世代は、相当な覚悟がないと結婚を決められない。

日本で未婚化・晩婚化が進み続ける背景には、こうした家族主義的規範の強過ぎるプレッシャーがあるのでは、と言われています。私は社会調査によるデータをもとに、このような問いを含めて「家族のあり方」を分析する研究をしています。

生涯学では同じく社会学分野の柴田悠さんのウェルビーイング班も統計的なデータをもとにした研究を進められていますね。柴田班は主に子どもを、筒井班では高齢者を対象にするという分担と伺いました。

私たちの班には「高齢者の社会参加」をメインに研究している方にご参加いただき、研究の主力を担っていただいています。代表である私は、班としての考え方を整理したり、主力の方々が成果を出しやすいようお膳立てをすることが仕事です。

班としての考え方とは?

生涯学プロジェクト全体のテーマは「従来の生涯観の刷新」ですよね。しかし私たち社会学の人間から見ると、生涯観は刷新すべきものである以前に、勝手に変化していっているものなのです。

手塚治虫の漫画に登場する還暦の女性は、腰が曲がり、歯も抜けたよぼよぼの老人として描かれています。1970年代の60歳はいつ命が終わってもおかしくない年頃でしたから。当時の女性は子だくさんで出産間隔が長く、50歳ごろまで子育てが続くことも珍しくないので、その後の「高齢期」が長く続くことは稀でした。

しかし今、60歳の女性は1970年代当時よりはるかに元気で、人生100年とするならその後40年という長い人生が存在します。ですから、1970年代と2022年の生涯観はまるで違うものになっている。この意味では、「生涯観はひとりでに刷新されてきた」のです。私たちの班では、これを共通理解としようと話しています。

そのうえで、今の生涯観とはどのようなものか、今後どのように変わっていく可能性があるかを分析していきたいと思っています。

時代ごとに高齢期のとらえ方が違うということですね。

はい。さらに、同じ2022年を生きる人々でも、性別や年齢、学歴や年収、既婚か未婚か、法律婚か事実婚か、離婚経験の有無、家族構成、都市部在住か地方在住かなどによって異なるだろうと見ています。

たとえば、ずっと独身で都会に暮らしてきた人と、農村部で安定した結婚生活を過ごしている人とでは、どのように自分が老いていくかという見通しも、どのように老いていきたいかという価値観もおそらく全然違うでしょう。この班では2022年度に、こうした生涯観の多様性を調査します。

調査は翌年にも行うとのことですが。

2023年度末実施予定のメインの調査で、最終的に、高齢者の社会参加にはどのような条件が必要かを探りたいと考えています。

女性の社会参画に関する研究では、ケアを必要とする身内がいると女性が外に働きに出るのが難しくなることがわかっています。同じように高齢者の社会参加にも配偶者の健康状態などが影響することが想像されますが、これまであまり調査分析が進んでいないことも多いので、2023年度に最新のデータをとって検証したいのです。

また、仮に介護を要する配偶者がいても、介護制度にうまくアクセスできれば本人の社会参加のハードルは下がるでしょう。そのような「制度」に関する条件についても探ります。

生涯学における心理学分野の研究では、高齢になっても潜在的な能力が十分に残されているのだから、これまでに考えられていたよりも高齢者は能力を発揮したり人生を楽しんだりすることができるんだ、と言えるような知見が期待されていると思います。

しかし、仮に身体的・認知的能力があるとわかっても、高齢者本人にとって家族的・社会的条件が整わなかったら社会参加はやはり難しい。高年社会参加班の研究はそこをカバーするものになるでしょう。

女性の社会参加に何が必要かという社会学的な研究はずっと行われてきました。例をひとつ挙げるなら、社会制度面では育休制度が必要だとわかり、普及が進みました。では、高齢者の社会参加に必要なものは何なのか? その知見は足りていません。労働力不足がいよいよ顕在化してきた日本において、社会からのニーズも大きい研究だと思います。

とはいえ、アンケート調査によって人々の多様な価値観をとらえるのは簡単ではなさそうですね。

そうですね、ものの考え方は絶えず変わっていきますから。たとえばお墓に対する考え方はこの10年で急激に変化し、多様になりつつあります。妻は夫方の家墓に入りたいか、実家がいいか、あるいはお墓は不要か、など……。

社会学はこうした変化を記述することや多様性を描き出すことも射程の内なので、実験心理学のように「どの時代でも変わらず、人間一般に通用する知見」を探ろうとする学問とは対極的と言ってもいいかもしれません。

どちらのアプローチにも強みと弱点があるので、生涯学においても双方を組み合わせることによって互いの限界を明らかにしつつ、それをうまくカバーできるような共同研究ができるといいのではと思っています。

<プロフィール>

筒井淳也(つつい・じゅんや) 立命館大学産業社会学部・ 教授

福岡県出身。2014年から現職。計量社会学・家族社会学を専門とし、社会調査によるデータをもとに日本の未婚化や成人親子関係など家族のあり方や変化を描き出すかたわら、行政への提言や一般向け書籍の執筆にも力を注いでいる。著書に『仕事と家族』(中公新書)、『結婚と家族のこれから』(光文社新書)、『社会を知るためには』(ちくまプリマー新書)、『社会学:非サイエンス的な知の居場所』(岩波書店)ほか多数。

<取材日>
取材日 2022.6.27
取材・構成:江口絵理
撮影:楠本涼