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2023年度公募研究

A04 脳とこころのメカニズムに関する心理学的研究

A04-L201:高齢者の認知機能を改善させるシームレス生活介入技術の開発と実証
野内 類 (人間環境大学 総合心理学部・教授)

高齢者の認知機能を向上させる個人に最適化された生活介入の提供と効果検証には大きな関心が寄せられている。ところが、認知・運動介入プログラムを実施している施設が近隣になく(空間的制約)、実施する時間・暇がないために(時間的制約)、現状では、生活介入プログラムを実施していない高齢者がほとんどである。そこで、本研究は、a)空間的制約を排除できる仮想現実内でメタバース認知・運動介入やb)時間的制約を排除できるように歯磨きや料理などの日常生活動作の中に生活介入の要素を組み込んだデイリー認知・運動介入を開発しいつでも・どこでも実施できるシームレス生活介入による認知症予防を確立することを目指す。

A04-L202:高齢者と若年成人の会話:高次認知機能としてのレジリエント性解明と認知モデリング
原田悦子 (筑波大学 人間系・客員教授)

本研究では、認知的加齢研究の中で、健康な加齢による機能低下が見られない領域とされる言語領域でも、実活動の中で観察される「対話」では何らかの加齢による変化があること、しかしそれは単純な課題達成低下でなく、複雑な多様性を持つ現象と考えられることから、そうした変化を「外的攪乱要因に対して柔軟な対応を取ることによって、目的とされている実現すべき機能を維持し続ける」レジリエント特性(Hollnagel,2010)という枠組でとらえることを試みる。

これまでは特に高齢者内の機能変化に対応するレジリエントな特性、例えばアボガドという語が「想起できない」状況で「この前の飲み会で出てきた、醤油つけて食べた、緑のやつ」といった表現を取るような「話し続けるための柔軟な対応」としての特異現象と考えて検討を試みた。しかしこうした特異な会話現象は、高齢者と若年成人との対話に多く見られることから、高齢者側の何らかの変化に対して、会話相手である若年成人がレジリエントに「会話の形式を変化させ」、その結果、高齢者の会話が特異的なものになると考え、高齢者と若年成人との異世代間会話を対象として、会話のモデル化を試みる。

A04-L203:生涯にわたる大規模脳構造画像データセットを利活用した新たな脳画像解析手法の提案
小池進介 (東京大学大学院 総合文化研究科・准教授)

磁気共鳴画像(MRI)を用いた脳構造・機能画像解析が一般的となったが、A) 少ないサンプルサイズ、B) 計測パラメータや前処理方法の違い、C) 妥当性・信頼性の担保、D) 年齢、性別などの非線形な影響、といった問題が明らかとなり、脳MRI研究を新規に立ち上げることはより困難となってきた。本研究では、前回公募班で完成した10~80歳3,000計測のライフコースにわたる非線形な発達・加齢変化のデータから脳年齢差(Brain Age Gap; BAG)を抽出する。大規模BAGデータを用いて、小規模MRI研究結果の妥当性・信頼性を担保する試みを行う。そのために、研究① 既存の大規模BAGデータの拡張と利活用、研究② 大規模BAGデータに新たな小規模脳画像データを組み合わせる技術開発、研究③ 新規プロトコルデータの蓄積による精緻な大規模BAGデータセットの作成と利活用、研究④ これらの技術開発を若手・未経験の研究者が利活用できるチュートリアルの実施と技術提供を行う。

A04-L204:直感的信頼の高齢者優位性:国や実験課題・分析法を越えた頑健性に関する検討
鈴木敦命 (東京大学大学院 人文社会系研究科(文学部)・准教授)

本研究は、他者が信頼できるか否かの直感的判断(直感的信頼)において、高齢者が若年者や中年者に比べて優れているという研究知見の頑健性を検討する。人間には他者の信頼性を顔や声などの知覚的手がかりから直感的に判断する傾向がある。研究代表者らは、顔に基づく直感的信頼の年齢関連差を調べる研究を最近行い、高齢者の直感的信頼が中年者・若年者に比べて優れる(正確性が高く、バイアスが小さい)ことを示す結果を得た(鈴木・石川・大久保, 2022)。この研究知見は、社会的認知の加齢に伴う向上を示唆するものである。ただし、鈴木他 (2022)は、日本人の顔刺激・参加者集団だけを対象とし、信号検出理論に基づく最も単純な分析を用いていた。そのため、得られた結果が種々の要因(顔写真、参加者集団、課題・分析方法など)の変動によらず頑健に観測できるかは不明である。そこで、本研究では、直感的信頼の高齢者優位性が上記諸要因の変動によらず頑健に観測できるかを明らかにする。なお、本研究には、専修大学教授の大久保街亜氏、同助教の石川健太氏、日本学術振興会特別研究員の河原美彩子氏が研究協力者として参画する。

A04-L205:エピゲノム制御によるプレシジョンエイジングを目指す神経発達症の加齢研究
木村 亮 (大阪大学大学院 連合小児発達学研究科・教授)

本研究の目的は、ライススタイルに伴う腸内細菌叢変化とDNAメチル化を基にした「生物学的年齢」から、神経発達症の加齢の個人差の原因を明らかにすることである。私たちはこれまでの研究で、自閉スペクトラム症やそれとは逆の高い社交性を呈するウィリアムズ症候群では、「生物学的年齢」が加速することを見出してきた。しかしこれら神経発達症では、 なぜ加齢が加速するのか、なぜ加齢の程度に個人差がみられるのかは不明である。さらに、加齢の加速に伴って認知行動特性がどのように変化するかも十分明らかになっていない。

そこで本研究では、質問紙やウェアラブルツールによる症状評価と腸内細菌叢組成、「生物学的年齢」とを組み合わせることにより、生活習慣と加齢の個人差との関係を明らかにする。本研究の結果は、神経発達症への食事や運動による介入や支援の立案に貢献するだけでなく、将来的には老化を遅らせたり、特性改善へと発展することが期待される。

A04-L206:身体的健康が脳の老化を遅らせる分子生物学的基盤の解明
石原 暢 (神戸大学大学院 人間発達環境学研究科・助教)

身体を健康に保つライフスタイルは、脳老化の減速と関わることが示されている。例えば、習慣的運動に伴う体力の向上は、中高齢期の脳老化の減速と関わる。一方で、過度な座位時間、喫煙、睡眠不足、肥満、高血圧は脳老化の加速と関わる。それでは、これらの身体的健康要因は、どのような分子生物学的メカニズムで脳の老化と関わるのだろうか?本公募研究では、DNAメチル化の役割に着目し、身体的健康が脳の老化を遅らせる分子生物学的メカニズムを調べることを目的とする。この目的を達成するために、身体的健康指標(過去・現在の運動習慣、身体活動量、睡眠習慣、喫煙習慣、体組成、肥満度、筋力など)と磁気共鳴画像法を用いて取得した脳画像データ(脳容量、大脳皮質の髄鞘密度、神経突起密度と方向散乱、構造的・機能的領域間結合など)の関係を調べ、それらの関係を媒介する唾液DNAメチル化指標を同定する。本研究の成果を通して、どの身体的健康指標がどのDNAメチル化指標に媒介されて脳の老化と関わるのかが明らかになれば、将来的には唾液から各個人の脳老化予防に効果的な生活習慣をフィードバックする取り組みに発展することが期待される。

A04-L207:更年期の母の育児に関する実態調査と脳神経基盤の解明:サポートシステム構築に向けて
石井礼花 (国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター・精神保健研究所 知的・発達障害研究部・室長)

40歳以降に初めて出産して母親になる、また更年期に12歳以下の子供を養育する女性が増えている。しかし、更年期が育児に与える影響についてはまだ国際的にもほとんど検討されて来なかった。更年期の女性についての精神的な問題に関連する要因として、空の巣症候群といった育児の終わりによる影響を挙げている研究はあるが、12歳以下の育児そのものを調べている研究は、非常に少ない。また更年期の脳神経基盤に与える影響については、エストロゲンレセプターの分布する前頭葉、視床、視床下部、扁桃体、前脳基底部、後帯状回の機能や形態変化につながることが指摘され、更年期の精神症状や認知機能変化に関連すると言われている。これらの場所は、育児に影響を与える感情や愛着に関連する脳部位であるにも関わらず、更年期が育児へ影響することに関する脳神経基盤の報告はない。

そこで、本研究では、更年期における育児(12歳以下)の実態把握と脳神経基盤に与える影響、母子の愛着形成に与える影響を解明し、更年期の育児サポートシステムの開発を行うことを目的とする。そのために、実態把握のためのインタビューおよび、磁気共鳴画像を用いた脳画像研究を行い、それらの結果をもとに更年期の母向けのペアレントトレーニングを中心とした新しいサポートシステムを構築する。ペアレントトレーニングは、ポジティブな養育行動(ほめる、注目を与えるなど)を増やすための方略が実践的に学べるため、更年期の母に有効なサポート体制である可能性が考えられる。

本研究では、今まで、国際的にも検討されてこなかった、更年期における育児(12歳以下)とその脳神経基盤への影響にスポットライトをあて、母子の愛着形成について生物学的なメカニズムを解明し、更年期の育児に対する支援を開発する。更年期の育児の大変さだけでなく、40代以降の育児だからこそのポジティブな側面も明らかにする。
本研究の成果により、更年期の母と児のWell-beingの促進だけでなく、社会全体での更年期以降の育児の新たな価値への気づきの増進が期待される。

B03 社会的環境とその中に置かれた個人の生活に関する社会学的研究

B03-L201:高齢者の地域社会貢献活動についての社会学的研究:地域史と人生史の分析を通じて
笠井賢紀 (慶應義塾大学・法学部(三田)・准教授)

縮小・高齢社会においても、地方の地域社会は一定のレジリエンスを有している。ここで、高齢者は地域社会の主体的担い手としてそのレジリエンシーに貢献するものと考えられる。

本研究の目的は「主に70歳代半ばの高齢者たちの生活経験を地域社会との関わりという観点から分析し、それぞれの地域社会のコミュニティ特性が高齢者の活動にどのような影響を与えるかを明らかにすること」である。

本研究の独自性と創造性は、高齢者の生活経験が今後の社会に有用な資源として活用可能であるという視角に加え、社会調査の方法によってもたらされる。本研究は質的混合社会調査を採用する。特に、高齢者の生活経験を分析する際、生活史調査としてのインタビューが適切な手法として採用できる。一人の人生を丹念に聞き取ることで、あるいは、多くの生活史を束ねていくことで、高い水準の社会分析が可能なことは、先行研究からも明らかであり、本研究でもこの手法を採用する。

現在の高齢者たちは地域社会における共同性・地域性といったコミュニティ特性を幼年・少年期に経験していることにより現在も活発な活動ができていること、加えて、そうした経験を生むための地域社会別の工夫が準備されていることへの気づきを得て、本研究の着想に至った。そうした地域社会別の工夫あるいは仕掛けについて、地域社会がいくつもの可能な方法から選択の上でアレンジを加えて活用し、かつ、多様な価値観の者たちの地域社会における共生に貢献しているという点から、応募者は「共生社会のレパートリー」と呼んでいる。共生社会のレパートリーを活かしながらコミュニティが維持されるためには、外的な変動を経験した場合においても、人びとの価値観や生活様式はそれに連動して即座に変動するのではなく、部分的にせよ保持されなければならない。外的状況の変動には産業構造、文化、社会規範、経済状況などがある。

そうした外的状況の多様性に注しつつ地域社会のコミュニティ特性と高齢者の地域社会貢献活動との連関を分析するべく、「旧街道筋の伝統的地域社会」、「1970年代造成のニュータウン」、「旧鉱業/現酪農・漁業村落」という三様の3地域について扱う。

C03 多様な生涯観を生み出す社会文化的な基盤に関する文化人類学的研究

C03-L201:密着した身体接触を続ける中間集団の生涯観:超高齢化するスペイン・カタルーニャから
岩瀬裕子 (東京都立大学大学院 人文科学研究科・博士研究員)

ワシントン大学保健指標評価研究所(IHME)によると、スペインは2040年までに平均寿命が85.8歳になり、日本を抜いて世界一の長寿国になる見込みである。そのスペインの中で平均寿命が高い地域の一つが独立運動の根強いカタルーニャであり、国家と個人をつなぐ互助的な中間集団が数多く存在する先進地である。研究代表者は、そのカタルーニャの祭礼において、密着した身体接触によって「人間の塔(Castells)」を造り続ける人びとの多様な身体感覚をもとにした相互理解のありかたについて研究を進めてきた。本研究では、そのありかたと日頃の社会関係との関連性をフィールドワークと参与観察によって調査し、継続した密接相による身体接触がいかに人びとの「生涯観」の形成に影響を与えているかを明らかにする。本計画は、新型コロナウィルスの影響もあいまって忌避される傾向が強い「身体接触を特徴とする中間集団」における「生涯観」の解明を通して、生理学的・生体力学的・心理学的な運動原理や機構を扱う身体運動科学領域などとの共同研究を促進するとともに、本研究領域が推進する「多元的な生涯観に基づく柔軟で多様な超高齢社会の実現」に貢献する。

C03-L202:成熟・再生する職人仕事の人類学的研究:染織業における人・モノ・環境の連環を事例に
丹羽朋子 (国際ファッション専門職大学・国際ファッション学部・准教授)

科学テクノロジーが発展・普遍化し、肉体及び知的労働の機械化(外部化・自動化)が加速する現代社会では、これまで自明視されてきた「人間とは何か」が問い直され、既存の労働観、生涯観もまた更新を迫られている。また、本研究で主に扱う染織業やファッション産業では、地球環境問題やグローバル経済下の労働搾取等が深刻化する中で、SDGsに配慮したサステナブル・ファッションへの移行、循環経済型の産業構造転換に向けた試行錯誤が続けられている。このような現代の高度なテクノロジー社会や持続可能性の危機に直面する現代世界で、生身の人間が自らの身体と素材、(ある種の機械を含む)道具とを対話させつつものづくりをする「職人仕事」、その手間ひまをかけ技術や知を習得・成熟させていく経験は、我々にとっていかなる触発的な意味をもち得るだろうか?

本研究ではこの大きな問いを念頭に置き、人と各種の道具や機械、環境との交差・連環が見られる国内外の染織を中心とする職人仕事の革新的な事例を対象に、人類学な調査研究を行う。現代的な要請に沿いながら進行しつつある職人仕事を、多元的なエコシステムの結節点として考察する作業を通じ、技術を習得し熟練していく「職人の生」における発達変化と共に、染織に使われる植物や生物、新旧の織機等の「素材や道具の生」、産業を支える「地域や自然環境の生」等も視野に入れ、それらが各様の仕方と時間性をもって「成熟」し、老いて修繕を要したり、「再生」して次世代に継承され持続していく過程に焦点を当てる。

本研究の特徴は第一に、人・モノ・環境等の多様な行為主体の「ライフサイクル」 がもつれ合い、連環するプロセスを焦点化する研究視角にある。第二に、今まさに変革の最中にある染織業の現場の人類学的フィールドワークと、かつての職人仕事を記録した地域資料や旧西ドイツで制作された民族学映像アーカイブ(ECフィルム)等の文字や映像資料の分析とを組み合わせ、通時的・通文化的な比較研究を行うことにある。

「手で考える」職人仕事の考察に脱人間中心主義的人類学を導入し、通文化的な技術文化研究をより多元的で広い射程をもつ研究へと拡張・更新すること、そこで得られた知見をもって人間の生のあり方を多角的に問い直す「生涯学」の構築に寄与したいと考えている。

E01 A01, A02, A03, B01, B02, C01, C02, D01 の境界領域に関する研究

E01-L201:認知症高齢者のがんサバイバーシップを支える緩和ケア看護学の創出
坂井さゆり (新潟大学 医歯学系・教授)

日本人の2人に一人はがんに罹患し、認知症の有病者数が約700万人になるという推計がある。超高齢社会の看護ケアは、従来の概念を超え、対象の連続性と生涯発達を捉える視点を強化することが重要な課題となる。本研究計画は「認知症高齢者のがんサバイバーシップを支える緩和ケア看護学の創出-無治療でも豊かな生涯を送れる社会のために」を主題とし、認知症とがんを共にもつ後期高齢者(がんの無治療選択者)に対する緩和ケアの実態を、匿名診療情報等関連資料、アンケートとインタビュー調査を用いた後ろ向き研究により明らかにするものである。人間は、認知症やがんという病いや超高齢による老いにあっても、環境因子を整えることで、最期まで多様な成長と変容を繰り返す生涯発達を遂げ、世代を超えた何かを継承していくと考える。本研究は、その環境因子としての緩和ケアの実態を質的・量的に明確にし、人間が最期まで発達し続ける生涯観を創出する。

E01-L202:民俗・民族考古学的視点から見た東アジア・東南アジアの人々の生涯
松永篤知 (金沢大学 資料館・特任助教)

人間の生涯は、社会との相互作用の中で多様に変化するものであるが、時代によっても変わり得る。人間の生涯の本質を真に理解するには、現代人だけでなく、考古学の対象となるような、過去の人々の生涯も理解する必要がある。

ただ、一般的な考古学では、研究対象となる遺物はあくまでも静的なモノであり、人間の生涯の具体的な動的イメージに欠ける部分がある。それを補うのが、民俗考古学(folklore archaeology)や民族考古学(ethnoarchaeology)という、文化人類学の近縁研究である。

そこで、本研究では、過去と現代の生涯観の共通点・相違点を民俗・民族考古学的視点で明らかにした上で、人間の生涯観がどのような変遷を遂げて来たのかを社会的・文化的に解明することを目的とする。

過去の人々の生涯に関して、よりリアルな生活復元を成し遂げるには、民俗・民族調査を積極的に導入した考古学的研究をする必要がある。具体的には、①遺物研究、②民俗調査・民族調査を2ヵ年計画で実施し、その成果を民俗・民族考古学的視点で統合し、東アジア・東南アジアにおける先史時代から現代までの生涯観とその変遷を解明する。

E01-L203:野生チンパンジー社会における高齢個体の生き様:人口動態と行動観察による再定位
松本卓也 (信州大学 学術研究院理学系・助教)

ヒトの生活史の特徴に、閉経と長寿が挙げられる。一方、ヒトに最も遺伝的に近縁なチンパンジーの長期野外調査により、チンパンジー社会における高齢個体の存在が明らかになった。本研究課題では、55年以上にわたって調査が継続されているタンザニア連合共和国・マハレ山塊国立公園の野生チンパンジーを対象に、チンパンジーの高齢個体と他個体とのやりとりを雌雄ごとに詳細に記述する。そして、①高齢メスが娘の子育てを支援するか(「祖母仮説」の検証)、②高齢オスが自身の子や孫に対して選択的に狩猟した肉の分配などを行うか(高齢オスの役割解明)、を行動学的に検証する。さらに、高齢個体が包括適応度の上昇に寄与するかを、55年分の人口動態データを用いて検証する。本研究では、チンパンジーの高齢個体の生き様を、従来の野生動物研究で論じられてきた「衰退していく存在」としてではなく、「社会と関わり、高齢個体ならではの関係性を構築する存在」として初めて浮き彫りにしようとするものである。今後、主にヒトを対象とした文化人類学的、心理学的研究を推進している「生涯学」領域の研究者との学術交流を通じて、現象の種間比較と進化生物学的な視点の導入という新しい方法論を提供していきたい。

E01-L204:年齢を超えて誰もが自由自在に歩いてコミュニケーションできるメタバース
北崎充晃 (豊橋技術科学大学大学院 工学(系)研究科(研究院)・教授)

人にとって、自らの意思で歩いて自由自在に動き回れることは、心身の健康にとって大きな意味を持つ。しかし、高齢者になるにつれて、足腰の筋肉が弱くなり、また平衡機能(前庭感覚)の低下とともに運動指令と実際の四肢の運動が一致しなくなり、歩行が困難になることが、高齢者の心身の健康に悪影響をもたらしている。本研究の目的は、バーチャルリアリティとメタバースを用いて年齢や環境、身体能力を超えて自由自在な歩行を実現し、それによる心身への健康効果を検討し、複数人のコミュニケーションを実現する環境を構築し評価することである。高齢者の歩行について物理的・身体的な機能の回復や増幅を目指すのではなく、そのままの物理的身体を受け入れ、同時にVRとメタバースを用いてもう1つの身体でバーチャル歩行を実現することで自己効力感を増幅する。さらに、メタバースにより高齢者のユーザーが新しいコミュニケーション能力と環境を獲得し、孤独の低減を目指す。

E01-L205:老化変容レジレンスの修復による老化新健康概念の創出
近藤祥司 (京都大学大学院 医学研究科・准教授)

「生涯学」では、社会の高齢化によって顕在化しつつある疾病(フレイルや加齢性変化)の原因として、「老化レジレンスの変容」も注目される。我々は長年「老化と代謝」の観点から解糖系代謝・メタボライト研究に従事する過程で、老化レジリエンス変容の一つとして、解糖系異常蛋白連関や老化メタボライトに気付いた。

本計画の目的は、「老化に伴う代謝レジリエンス変容機構の解明とその応用」である。我々は長年、「解糖系酵素ホスホグリセリン酸ムターゼPGAMと老化連関」を研究してきた。解糖系代謝は特に炎症や癌細胞で解糖系亢進する。しかし他の解糖系酵素同様に、PGAMは生育に必須であり、酵素活性阻害薬は、実用化されていない。最近我々は、PGAMの「非酵素活性」を見出した。

メタボローム共同研究も沖縄科学技術大学院大学柳田充弘教授と開始した。独自にヒト全血メタボローム解析法を開発し、老化関連メタボライト(老化、飢餓、フレイル/サルコペニア、認知症)を精力的に同定し、報告した。これらシーズを基盤に、「老化変容レジレンスの修復による健康維持」という老化新健康概念の創出を目指す。

E01-L206:更年期の鉄欠乏とメンタル不調の関連:女性ホルモンの衰退に抗わない予防医学の開拓
江川美保 (京都大学大学院 医学研究科・助教)

50歳ごろの閉経をはさむ前後10年間の更年期に女性が高頻度で経験するメンタルヘルス不調の主因は女性ホルモンの衰退や同時期の精神的ストレスであるいうのが従来の定説である。一方で、初経以来およそ40年間月経を繰り返す女性が更年期に至るまでに進行する、気付かれていない「鉄欠乏」を中心とする質的な栄養素不足の状態が多彩な心身の更年期症状を引き起こしている可能性についてはあまり検討されていない。本研究では住民ベースの健康診断のフィールドにおいて、更年期ステージの女性の更年期症状およびメンタルヘルス、生活習慣病の実態を調べ、各種栄養素のバイオマーカーを追加測定することにより、鉄欠乏を中心とした栄養素不足を含む身体的特性およびライフスタイルと更年期症状との関連を横断的に検討する。また患者報告アウトカム(patient-reported outcome; PRO)記録機能を搭載したスマートフォンアプリを用いて個々の属性情報、日々の症状、行動データ等を収集し、集積したデータと健康診断データを機械学習・深層学習に基づいたAIアルゴリズムを用いて分析することで、効果的な個別化ライフスタイル介入の開発を目指す。これらにより、人生100年時代を生きる女性たちの生涯をかけた自己実現を可能にする「自律的な健康管理法」を提案する礎を築く。

E01-L207:未病を在宅で検知する―デジタルバイオマーカーによる「身体の天気予報」
坂野晴彦 (京都大学大学院 医学研究科・准教授)

2025年には、本邦において約700万人(高齢者の約5人に1人)が認知症になると予測されている(厚生労働省・平成29年度高齢社会白書)。アルツハイマー病は認知症の原因の60~80%を占めるが、最近になってアルツハイマー病の病因蛋白であるアミロイドβ蛋白に対する抗体療法の有効性が明らかになってきた。一時的な症状改善に留まっていた治療法から、今後認知症の診療が大きく様変わりすることが予想される。一方、非婚率が高くなっている現代社会においては、独居が多くなり、病院を受診する機会を逸してしまう可能性が危惧される。早期での疾病介入・先制医療は今後の医療の進むべき方向であり、在宅での異常検知デバイスは未来社会の生活必需品となると予想される。すなわち、早期診断、早期介入を可能にするデジタルバイオマーカー開発は、未病検知のための有用な手段と考えられる。

認知症のデジタルバイオマーカーとして、現在多くの提案があるもののgold standardとして確立されたものはない。日常生活から異常を検知する手法を確立できれば、認知症に限らず、生活習慣病や精神疾患といった疾病の予防や、健康維持の新たな手法につながる。

本研究では、デジタルデバイスを用いた解析から、在宅で軽度認知機能障害などの未病を検知するデジタルバイオマーカーを抽出する。さらに、質問紙を用いた心身の軽度の不調とデジタルデバイスを用いて受動的に得られる情報とを比較検討することで、未病につながる心身の不調と相関するデジタルバイオマーカーを探索する。

具体的には、磁気センサ型指タッピング装置(指タップ)やウェアラブル活動量計などのデジタルデバイスを用いて、自覚的には健常な高齢者の在宅におけるデジタルデータを収集し、自覚的な心理的・身体的状況を質問紙法で収集する。さらに、既に得られている常染色体顕性(優性)遺伝性アルツハイマー病患者さんのデータを対照として、今回取得する高齢者データと比較することにより、軽度認知機能障害に関連するデジタルバイオマーカー候補を同定する。結果として、軽度認知機能障害などの未病を検知する在宅デジタルバイオマーカーを開発する。

本成果は、個体差の大きな体調変動に柔軟に対応し、未病を予防することにつながるだけでなく、ヒトが病気になる手前の未病への変化を解明する可能性を秘めている。

E01-L208:加齢の様態モデル検証のための大規模ハーモナイズドデータベース構築法の確立
権藤恭之 (大阪大学大学院 人間科学研究科・教授)

人の加齢は、身体・生物学、認知・感情、社会・環境の3つの領域が相互に影響しながら生じる長期間の変化である。したがって加齢の様態をモデル化するには、これら3つの領域を経時的に同時に長期間評価し、領域相互の影響と変化の関係を解明することが必要となる。

そこで本研究は、生涯学公募班研究で行ってきた、異なった縦断調査のデータを同じ枠組みで分析可能とするデータハーモナイズを課題①既存のデータを用いて新たに、質問項目への反応パタンから認知機能を評価する方法の開発、課題②IRTを用いて感情・幸福感尺度の重みパラメータの同定によってハーモナイズを可能にするという方法で拡張発展させる。最終的にはその成果を、すでにデータ収集が終了している、縦断調査データに適用し、加齢の様態の包括的なモデルの検証を行う。さらに、本研究で得られた成果から生涯学研究に利用可能な標準項目群として提供可能な形に整備する。

本研究は2年間の期間で3つのプロジェクトを並行して行う。
プロジェクト1は、NILS-LSAとSONICの縦断データのハーモナイズ作業を拡張する。公募研究では認知・感情と環境領域にのみ注目してきたが、これに加えて身体・生物学(視聴覚機能・身体機能・生化学指標)および社会的領域(家族、地域の評価)のハーモナイズを進め、その方法論をプロジェクト2と3に転用する。

プロジェクト2は、申請者がすでに収集したデータ、収集に関与したデータおよび公開データを用いて、質問紙に対する回答パタンから認知機能を推計する方法を開発する。これらの調査の一部は、認知機能のアセスメントも同時に実施しており、回答パタンから得られた推計値と実測値を用いて妥当性の検討が可能である。

プロジェクト3は、本研究で得られたハーモナイズドデータを利用して3つの領域にかかわる変数群を評価するための標準化した設問群を構築する。複数の研究間で類似の概念を測定していても、設問が微妙に異なるため、相互に参照することは困難である。本研究では、幸福感、精神的健康、うつ、肯定的、否定的感情の領域で利用される代表的な質問項目群を収集し、WEB調査および対面調査を行い、 IRTによる等価の手続きを使い、各項目の重みづけパラメータを算出し、選択された項目群による各領域の得点計算を可能にする。

近年加齢だけでなく、死亡までの時間が個人の認知機能や心理的状態に影響する要因として注目されている。そこで、測定時から死亡までの時間を分析することを可能にするためにこれらのプロジェクトと並行して、既存の調査参加者の転記調査を行い、死亡年月日等の同定を行う。

E01-L209:サイエンス・フィクションが示唆する未来の発達・加齢観の分析
大澤博隆 (慶應義塾大学・理工学部(矢上)・准教授)

本研究では、科学技術と社会の関係を描いてきたサイエンスフィクション(SF)が、技術発達や社会変化に伴う人々の発達・加齢観の変化をどのように描き伝えてきたかを分析し、その成果を今後どのように活用しうるかを検討する。SFのもたらす想像力は、我々の現代社会の重要な構成要素であり、将来像を駆動させる要因となっている。特に人々の生活を支え、ライフスタイル自体を変更させる力を持つ、新規技術分野におけるSFの影響は顕著であった。サイボーグやロボット(ロボティクス)などの装着型・自動機械技術、人工知能分野(シンギュラリティ)に見られる情報処理技術、遺伝子改良・クローンなどの医療技術、メタバースやサイバースペース等の通信技術など、SF由来、SFが影響した技術用語は数多く存在し、これらは長命化する社会や高齢者が技術補佐を受ける社会のビジョンを作成することに影響してきた。本研究ではこうした、超高齢化社会への技術導入がどのような対人関係・死生観の変化をもたらすか、という未来社会に対する文学・SFの想像力を、既存のSF作品から分析するとともに、SFプロトタイピングを通じて現在の生涯学の知見をもとに作家とともに未来ビジョンを作成する。

本目的のため2つの目標を置く。
A) サーベイ:フィクションにおける発達・加齢観の調査と現実への影響の評価
B) デザイン:SFプロトタイピングによる新しい発達・加齢観の探索
Aでは、人工知能技術に対する期待と不安を含む人々の想像力の歴史、フィクションが社会にもたらした役割について、過去の文献のサーベイおよびインタビュー、技術者、人文科学者、文学者を交えたディスカッションを通じて検討する。Bでは、今後人工知能を含めた科学技術が社会実装されることにより想定されるいくつかの未来像を、サーベイの結果をもとにして、既存のSF作品ではなく、SF作品を作る過程を通して超高齢化社会における発達・加齢観のビジョンを作成するSFプロトタイピングとして実施する。用語の歴史をたどるサーベイプロジェクト、サーベイの結果想定される新しい未来像を具現化して伝えるデザインフィクションプロジェクトの双方を通して、人々の想像力を踏まえた未来社会への設計論を作成し、社会と共有する。

E01-L210:視覚・聴覚障害者のレジリエンスを高める当事者団体を通じたインフォーマル学習の研究
三浦貴大 (国立研究開発法人産業技術総合研究所 情報・人間工学領域・主任研究員)

高齢化が進む日本国内において、視覚・聴覚障害のある方の半数以上は高齢者である。彼らの感覚体験や生活訓練状況は多岐に渡るため、共通した生涯学習スキームや支援策を打ち出しにくい。これまで、障害状況ごとでの対処経験やニーズなどを調査の上で、当事者団体・支援団体の寄与が重要である点を導いた。これら団体による支援方策・ノウハウなどは未解明である一方、この点の解明により障害のある人達における生涯学習や社会教育にも応用できる。そこで、本研究の目的を、先天性・後天性の視覚・聴覚障害のある方を支援する当事者団体・支援団体による支援要因を解明し、その支援スキームに基づく生涯学習方法論を確立することとする。このために、次の3課題について実施する。

1) 視覚・聴覚障害者を支援する団体へのケーススタディ調査
まず、視覚障害、聴覚障害のある方を支援する団体に対してインタビューによるケーススタディを行う。この際、フォーカスグループインタビュー形式にて複数団体に調査を依頼する全体的ケーススタディの枠組みで調査設計を行う。次に、上記の調査結果を踏まえ、インタビュー調査の対象としなかった他の団体や、それらに関わった障害当事者へのアンケート調査を行う。調査項目は、前述の半構造化インタビューの項目を基盤とし、その書き起こし内容へのコーディング結果を踏まえて内容を補ったものとする。

2) 1)および個人インタビュー結果に基づくレジリエンス性を維持・向上させた要因の分析
過去の研究で得た先天性・後天性の視覚・聴覚障害の方々へのインタビュー調査の結果と、1)のインタビュー調査の結果とを対応付けて、レジリエンス性について比較考察を行う。特に、コーディングされたタグのうち、レジリエンス要因に関するものを比較することで、個人の活動の中から得られるレジリエンス要因と、当事者団体・支援団体の媒介があって得られるレジリエンス要因とを整理する。

3) インクルーシブな生涯学習のためのインフォーマル/フォーマルな学習方策の提案
課題1)・課題2)の結果を踏まえ、視覚・聴覚障害の方々のインクルーシブな生涯学習の基盤になり得るインフォーマルな学習の場として、レジリエンス要因に関するワークショップの場の構築を試みる。この結果を踏まえ、インクルーシブな生涯学習のための学習方策について取りまとめる。