Interview 08:
知覚・認知心理班代表
寺本渉てらもと・わたる

知覚・認知心理班は、高齢者が知覚の衰えをどのようにカバーしているかを実験で確かめようとしています。代表の寺本さんに、この班が生涯学において、実験の先に何を見出そうとしているかを伺いました

<記事公開日> 2022.12.15

この班は視覚や聴覚といった「知覚」を対象としているとのことですが、寺本先生ご自身も知覚をメインに研究されているのでしょうか?

はい、「人が体を動かしているときに、自分の体の動きや外部の世界をどう知覚するか」に興味があって、学生時代からVR装置を使った実験をしてきました。

なぜ、「体を動かしているとき」なのですか?

知覚に関する研究はほとんどが体を固定した状態で、つまり日常の生活とはかけ離れた状態で計測されています。でも、より自然な状態の人間の知覚について知りたいと思ったんです。

生涯学にはどのような経緯で参加されたのでしょうか?

実は、知覚・認知心理班は生涯学の発案者である杉田陽一先生が立ち上げられた研究班でした。ところが杉田先生が急逝されてしまい、同じ分野の研究者であり、杉田先生にもお世話になってきた私が後を引き継いだのです。研究タイトルの「知覚系の知識獲得機構の加齢変化」は杉田先生がつけられたものをそのまま残しています。

私自身は高齢者だけでなくすべての年齢層の成人を対象にしていますし、情報を取り込んで処理する「知覚系」だけでなく、それをアウトプットする「運動系」にも注目しているのですが、この生涯学では高齢者の知覚系に重点を置いて実験をしています。もっとも、知覚系と運動系は切り離せない関係ですが。

知覚の加齢変化をとらえるとは「衰え方」を実験的に確かめ、報告するということでしょうか?

たしかに高齢者の知覚は加齢とともに衰えます。しかし、単に衰えていくばかりではなく、よく機能している他の知覚を利用して外部の世界の情報を処理しているのではないかと考えられています。

たとえば、老人性難聴が進んで人の話が聞こえにくくなっても、唇の動きなどの視覚情報で補ったりして、結果的に難聴の影響を無意識に低減させている、などですね。このように複数の感覚を組み合わせて機能低下をカバーすることを、ひとまず「補償」と呼びましょう。

この補償がうまくできている人は、ある知覚の機能低下が起きても実際の低下ほど衰えを感じることなく生活が続けられるでしょうし、うまくできていない人は加齢とともに顕著な機能低下が表れると考えられます。

人は高齢になればなるほど、同じ年齢でも衰え方に幅が出てきます。知覚の機能低下を補償する力の違いも幅を生む一因だとすれば、この研究で補償がどのようなメカニズムで起きているのかを突き止めることで、高齢者の補償する力をサポートする、すなわち加齢による衰えを緩やかにする方法を見つけられるかもしれません。

何かわかってきたことはありますか?

いまはまだ、高齢者の知覚機能低下に際して補償が起きていることを実験的に確かめている段階ですが、少しずつ、高齢者のほうが若年者よりも複数の感覚を使って処理しているらしいことがわかってきました。

また、補償がうまく使われている人と使われない人の違いを分ける要因として私たちが注目しているのが「運動」です。実験の結果からすると、運動機能の高い人のほうが補償をうまくやっているように見えるのです。

高齢者が寝たきりになると認知症になる、とか、高齢者も運動をすると記憶力が維持されるという話をよく聞きますが、体を動かすと認知だけでなく知覚も保たれる、ということですね?

はい、まだ仮説ですが。運動と認知機能に関する研究は多いのですが、運動と知覚機能の関係を調べた研究はほとんどないので、この班ではそこを開拓しようとしています。

高齢者は知覚が衰え、外部世界の情報を取る時にノイズが多い状態になっています。しかも、衰えは一時的に起きて固定されるものではなく、その後も徐々に下がっていくことが多い。人はその変化にあわせて、情報の処理の仕方を調節していかなくてはなりません。

調節するにはフィードバックが必要です。体をよく動かすことによって、その結果が戻ってきて、自分の知覚の答え合わせができる。そのループを回すことが補償を助けているのではないかと推測しています。

補償する力を上げる方法や習慣が見いだせれば、生涯学としても大きな成果になりますね。

人間の可塑性を引き出すものになり得ると思います。体が動かせない人でもVRでトレーニングできるようなプログラムが作れるといいですよね。とはいえ、道はまだまだ遠いですが。

ほかの分野との連携についてはいかがですか?

知覚と運動との関係を調べるなら、日常的にその人がどれほど運動しているか、これまで運動してきたかが知覚機能の低下にどういう影響を与えるかにも目を向けるべきだろうと考えています。認知機能の低下を左右する「認知予備力」を研究されている松井三枝先生とのつながりがありえるのではと思っています。

また、障害のある人が道具を使うことも、ある意味で「補償」なので、文化人類学の倉田誠先生のご研究からも学べることがあるかもしれません。

分野をまたいで実験をデザインし、限られた年数で学術的に信頼の得られる結果を出せるかというとさすがに難しいと思いますが、それぞれの分野で得られた結果や洞察を持ち寄り、議論することで、「生涯学」としてのメッセージを紡ぐことはできるのではないでしょうか。

<プロフィール>

寺本渉(てらもと・わたる) 熊本大学大学院人文社会科学研究部・教授

秋田県生まれ。専門は知覚心理学・認知心理学。脳波計やfMRI、VR装置など多様な装置を用いて、人間の知覚の身体性や多感覚統合を明らかにする研究に従事している。2004年神戸大学大学院文化学研究科で博士号(学術)取得後、産業総合研究所やドイツのマックス・プランク研究所、東北大学電気通信研究所での研究を経て、室蘭工業大学大学院工学研究科准教授に。2015年熊本大学文学部に着任し、2018年より現職。『基礎心理学実験法ハンドブック』『生き物と音の事典』『図説 視覚の事典』(いずれも朝倉書店)を分担執筆。

<取材日>
取材日 2022.11.17
取材・構成:江口絵理
撮影:平川雄一朗